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ぼくろぐ

世界一周してきたぼくのブログ。なんでも書きます。

【南高生に向けて】受験生の夏でも絶対に応援団をした方がいい。

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51期の応援団をしていたせつんです。

本当に応援団をしてよかったと思っているので、南高の受験生のみんなには読んでほしいです。

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応援団とは

学ランを着て観客席から野球部を応援する集団なのですが、

僕の母校に伝わる伝統で受験生が6月から集まり、練習をして

その活動は野球部が負けるまで続きます。

 

応援団の活動スケジュール

結成期

ゴールデンウィークが終わったころから、野球部や応援団OBが応援団をしてほしい3年生に勧誘を始めます。

僕は同じクラスの野球部の友達に誘われました。

友「なあ、応援団してくれるよな?」

ぼく「お…おう」(ガキ大将タイプのちょっと怖い子だったので断れませんでした。)

 

僕のときは、9人がその野球部の子といつも一緒にいる数理コースの人で、1人だけ普通科の人でした。

 

6月中旬に結団式があり、それまでに入団するかを決めます。

結団式には1つ上のOBさんから7こ上ぐらいのよく分からないOBさんまでたくさんいて、1人ずつ自己紹介をしてから体育館で基本的な動きを教えてもらいます。

OBさん「野球部が勝ったら野球部のおかげ、負けたら応援団のせいやでな」

という言葉が印象に残っています。

 

この日は動きを教えてもらうだけなのでそこまでキツくなくて

いやー、応援団って案外楽勝やな。

って思ってました。笑

練習期

そこから毎日放課後に練習の日々が始まりました。

すぐに期末テストがあるのですが、

OBさん「いや、南部丘陵公園で練習したらバレやんから」

本当に頭がおかしいんじゃないかと思いました。←

 

練習は本当にしんどいです。

まずは声出しから、自分の限界の声を出します。

OBさん「声を枯らしてから初めて応援団って言えるんやで」

 

次に動作の確認。

10人がぴったり揃うまで、何回も何回も同じ動きを繰り返します。

OBさん「これ全員揃うまで帰れやんから。まじで。」

 

最後に耐える練習。

アキレス健を伸ばす姿勢をしながら腕を上げて片腕で殴る「突き」という動作があって、これを腕が上がらなくなるまでやり続けます。

OBさん「」(無言の圧力)

 

バリバリ運動部をしていた応援団のメンバーも

人生で一番しんどい

と言っていました。

(僕は吹奏楽部だったので、言わずもがな人生で一番しんどかったです。)

 

テスト期間中にも練習があるので、勉強時間は他の人より減ります。

でも、その時間のなさから

勉強できるときに勉強しとかな本当にヤバい

と思うことが出来て、期末テストでは普段とあまり変わらないぐらいの点数が取れました。

(今はテスト期間は応援団の練習は完全に出来なくなってます。安心してね。)

直前期

7月に入り、野球部の試合が迫ってきます。

試合の日程が野球部の友達から知らされて、その日に向けて練習します。

 

この頃になると応援団の中で一体感が生まれてきて、授業が終わったらみんなで練習をするのがあたりまえになっていました。

そして、練習する野球部を見て、

あいつらも頑張っとるんやから僕も頑張ろ!

と思っていました。

最初は10分しか持たなかった「突き」も40分ぐらいまで続くようになっていました。 

試合期

試合の日は朝早くに学校に来て、最後の確認をします。

応援団の活動は野球部が負けるまでなので、

今日負けたらもう練習出来やんの?嫌や!

という訳の分からない考えをするようになっていました。

会場に着くとたくさんの南高生がいます。

自分たちで応援に来ている生徒たち、吹奏楽部とチアの子たち、そのみんなの代表が僕たち応援団です。

その日は途中から土砂降りの雨に見舞われてノーゲームになり、試合は持ち越しになりました。

僕らがしっかりしてないせいでノーゲームになってしまった。次は勝ってほしい。

という今まで感じたことない感情が芽生えます。

 

僕らの代はその後何回戦かまで勝ち進んで、

めっちゃ暑い中で石段の上で応援して、1人倒れたこともありました。

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最後の試合

でも、最後の試合はやってきます。

 

毎回試合のたびに

今回が最後の試合になるかもしれやんから全力でやろう。

負けてしまったときに「もっとできたのにな。」と後悔するのが1番悔しい。

と考えていたのですが、いざ負けてしまったら

あのときにもっと頑張ってたらこんな悔しい思いしなかったのにな。

できることなら1ヶ月前に戻りたい。

と、どれだけ頑張っても思うはずです。

 

応援してくれてありがとう。応援団のおかげでここまでやってこれたよ。

と声をかけてくれた野球部の友達。

僕らの力不足で負けさせてしまった。本当にごめん。

今でもそう思います。

 

解散式

負けた日に学校に戻ってから解散式があります。

今までずっと指導してくれたOBの先輩方からひとことずついただきます。

 

なんでこんなにつらい練習しやなあかんの?OBさん本当に頭おかしい。

って思ってた今までとは違い

OBさんたちも現役のときに「もっと頑張っとけばよかった。」って悔しい思いしたんやろうな。

僕らにそう思わせやんようにするためにキツく指導してくれたんやな。

今ではわかります。

そして、その日の夜はOBさんのおごりでご飯食べに行きます!

 

僕が応援団をして得た2つのもの

1.一生ものの仲間

周りが受験勉強している中で、応援団のキツい練習をして、本当の自分の限界を超える経験を一緒に出来た仲間が出来ました。

これは部活の仲間やクラスの友達とは全然違います

2.「後悔しないように生きる」という気持ち

野球部が負けてしまった時に本当に悔しかったです

自分が限界まで頑張ってもどうしようもないことが起きる、その時に後悔したくない

この悔しさを知っていて受験に臨むのと、知らないまま臨むのとでは、天と地の差があります。

受験に限らずこれからの人生を左右する経験になります

 

受験生の君たちへ。

こんな経験ができるのは応援団だけです

勉強を理由に断る人、キツい練習を理由に断る人

理由はあると思うけれど、どんな理由があっても応援団をして得たものは一生ものの価値があります。

応援団でこの貴重な経験をしてください

そして、経験したからこそわかるこの気持ちを後輩に伝えて、南高の伝統である応援団を受け継いでください。

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参考資料

僕らの代の応援団の進学先

豊田工業大学 工学部 1人

岐阜大学 工学部 2人

滋賀大学 教育学部 1人

大阪教育大学 教育学部 1人

大阪市立大学 工学部 1人

名古屋市立大学 芸術工学部 1人

名古屋工業大学 工学部 1人

名古屋大学 情報文化学部 1人

浪人→大阪大学 工学部 1人 

ね。

応援団してたから合格できないとかじゃないんです。

むしろ僕は応援団してなかったら合格してないと思います。

 

参考ツイート